としひこ独立までの体験記
院長としひこの「はじまり物語」
『客としてのプロ』 Part1
小さな頃から私は成長痛があり、良く足がだるくなったり、むくんだりする変な子供でした。 幼稚園の遠足の後や運動会の後は、母親に足裏をマッサージしてもらい「悦」に入っていたことを覚えています。
実家の家業は魚屋です。
母親も一日中立ちっ放しと冷えから、ひどい肩こりと腰痛持ちでした。毎週のように「あんまさん」を家に呼んではマッサージを受けていました・・・私は、それをいつも遠目に興味深く見ていました。
ある日遂に・・・「気持ち良さそう!!」「自分にもやってほしい!!」と口に出し、母親のマッサージのついでに半分くらいのコースでマッサージを受けたのです。それからは毎回母親とセットでマッサージを受ける・・・変な子供でした。
中学・高校と「水泳部」に入ったことから、筋肉もつき血行も良くなったおかげで、マッサージされ好きは治ったのですが、部活で先輩に無理やりさせられるマッサージが「上手い!!」と認められ、顧問の先生までマッサージするようになった事もありました。「上手い!!」訳です。小さな頃から、ずっとプロの治療を受けて、その気持ち良さや、やり方やパターンを自然と身につけてしまっていたのですから・・・。
ほんとに変な子供・・・でしたね。
『客としてのプロ』 Part2
プロの客?!・・・・
マッサージが得意だった私ですが、その特技を活かす仕事に就くなどと全く思い浮かばず「家業の魚屋」を継ぐため調理の道を目指しました。(私は次男で、兄が既に家業を継いでおり、「兄弟仲良く、お店を盛り立てるんだよ!!」・・・という母親の口癖(洗脳?)を素直に受け、選択肢は他にありませんでした。
魚屋の仕事は体力が必要です。毎日の肉体労働は私の体に、腰痛・坐骨津神経痛・肩こり・首の痛みと・足のだるさを訴えてきました。そして私は、この症状と格闘しながらの毎日でした。今思えば青年だった頃、毎週のようにサウナに行きマッサージ、整体や接骨院など各種の療法をハシゴしていましたね。
色々な施術を受けると「この先生は、ツボにくる」とか、「ヘタクソ」とか「痛いだけ」とか、言ってみれば美味しい料理店を探し・食べ歩く食通・グルメのような、「プロの客」に仕上がっていたのです。 この「プロの客」になっていた!!ということが、わたしが治療家として幾分か回りの先生方より、早くに飯が食えるようになった「キーワード」だったような気がするのです。
